フィレンツェ編2
ホテル・ラファエロ
Z子の悲劇 ~フィレンツェ編2~
フィレンツェの良いところは、町がこじんまりと小さくすべての観光名所やショッピングスポットが歩いて廻れるということです。そんな小さな町なのに、イタリアで一番の美術館が立ち並び、ダ・ビンチ、ラファエロ、ボッティチェリなどの名作中の名作が揃っていること、それと、グッチやフェラガモ、リチャード・ジノリといった超有名ブランドの本店が軒を連ねていることです。しかも、ローマやミラノ、ベニスに較べて格段の安価で買物ができるのです。そして、日本人観光客が少ないことも魅力のひとつだったのですが、残念ながら、最近は日本人の姿がみるみる増加しています。
いつもは、サンタ・マリア・ノベッラ駅前や街中のホテルに泊まるぼくたちも、今回は格安ツアーのため市の中心からバスで10分程の住宅街に立地するホテル・ラファエロに滞在しました。10枚つづりのバスの回数券をホテルのフロントで購入し、市営バスを観光や買物の足としました。
いつもはサンタ・マリア・ノベッラ駅前のバス停を使って、ホテル・ラファエロと市街との往復をしておりました。ある日、Z子が「ヴェッキオ橋からもホテル行きのバスに乗れるのよ!」と言い出しました。バスの路線図を熟読しているZ子だけに、「さずが!」と感心し、ヴェッキオで買物を終えたぼくたちは、ちょうどやって来たいつもの系統番号のバスに飛び乗りました。
日用品の買物を済ませて家路を急ぐおばさんたちであふれる路線バスに、いかにも不似合いな、ブランドの大きな袋をいくつも抱えたオリエンタルのカップルが乗り込みました。いつもの風景を眺めながら、今日一日の買物に満足感を抱きつつ、今晩の食事は何にしようか?などとナイトライフに思いを馳せておりました。
バスは、陸軍の施設の茶色い長い壁に添ってしばらく走った後、町を抜けるといよいよホテルが近づいてくるはずでした。ところが、窓から見えるのはいつもと雰囲気の違った風景ばかり、やがてスラム街のような地域に入ってしまいました。さすがのZ子も「このバスではホテルには帰れない。」と気付き、騒ぎはじめました。乗ったバスの系統は良かったのですが、逆方向に乗ってしまったらしいのです。とはいえ、こんなところでバスを降りてもホテルに帰れる保証はありません。何しろ、ぼくらはイタリア語が話せない、彼らは英語がわからない、そんなイタリアですから・・・。
ぼくは、覚悟を決めて「終点までこのバスに乗っていこう。そこで、ホテル行きのバスに乗り換えよう。運が良ければ、このバスが折り返すかも知れない。」と腹を決め、Z子を説得しました。とは言うものの、バスはそのうち高速道路に乗ってかなりの距離を走っています。乗客は、ぼくたち2人だけになってしまい、しばらくして高速を降り、終点らしい大きな空き地に着きました。ここでもバスを降りずにろう城を続けるオリエンタルを運転手は、どう思ったのでしょうか?運転手がぼくらに話しかけることもなく、30分程停車した後、数人の乗客も現れ、バスは動き始めました。ぼくたちは、ただひたすら「もとの道を戻ってくれ!」と祈るだけでした。
バスの乗客も増えて来て、見たことのあるような景色も現れ始め、やや安心しはじめた頃、バスの運転手がぼくたちの方を見ながら乗客のおばさんに話しかけています。「あのオリエンタルは、ズーッとこのバスに乗っているが、何がしたいのか?聞いてみてくれ。」というようなことを話したと思われます。そして、そのおばさんがぼくに向かって「*※◎◇☆△�・・・・」と、聞いて来ました。ぼくが話せるイタリア語は、ただ「オテル・ラファエロ(Hotel Raffaello)、オテル・ラファエロ」。そのおばさんが、バスの乗客に「だれかホテル・ラファエロを知ってるか?」と聞いているらしいです。バスの中は、ガヤガヤと大騒ぎになり、すぐに、ここで降りろとばかりにたたき出されたのでした。
ブランドの大きな袋を抱えたオリエンタルがふたり、バスを見送りながらフィレンツェの並木道に立ちつくすのでありました。(つづく)